つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

わんかせ淵

「こまったなぁ、とっさまのおねんきをしたいが、お客様に出す、おわんもおぜんもない、どうしたらいいんだか。」
 田んぼの仕事をおえた三郎さは、口の中でぶつぶついいながら歩いていました。見代の三郎さは、働き者でしたが、こどもも多く、くらしは楽ではありません。
「カァー カァー。」
 カラスが頭の上をとおりすぎていきます。秋の日は、もう少しで、山に沈んでしまいそうです。三郎さの頭の中は、とっさまのおねんきのことでいっぱいでした。
「こまった、こまった。」
 三郎さは、首をひねりひねり歩いていました。
「ああ!そうだ、たきばたの淵には、水神様がおられると、子どものころ聞いたことがあるぞ。もしかして、わしのたのみを聞いてくれるかもしれん。」
 三郎さは、わらにもすがりたい気持ちで、たきはたの淵へおりていきました。大きな木がうっそうとしげり、あたりはうす暗く、淵の水は、まっ青にすんでいました。大人でも背がたたないぐらいの深さがあります。水は、流れているのか、いないのか、しずまりかえっていました。三郎さは、淵に向かって、思い切ってたのみごとを言い始めました。
「とっさまのおねんきをしたいが、貧乏でおわんもおぜんも買えないのです。どうか、おわん20個、おぜん20個、貸して下さい。どうか、どうか、わしの願いを聞いて下さい。」
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 三郎さは、手をあわせてじっとしていました。しばらくすると、
「ポコリ ポコリ」
と、青くすんだ淵に、20個のおわんと20個のおぜんがうかびあがりました。
「ありがとうございます。ありがとうございます。かならず、おかえしいたします。」
 三郎さは、何度も淵に向かいお礼をいいました。おわんとおぜんをかかえ、喜んで家へ帰っていきました。おねんきが、無事すむと、おわんとおぜんをきれいに洗い、たきばたの淵にかえしにいきました。
 三郎さの話を聞いた村の人たちも、大勢の人が集まることがあると、たきばたの淵へいって、おわんとおぜんを借りるようになりました。用がすむと、お礼をいってかえしました。たきばたの淵は、いつのまにか、わんかせ淵とよばれるようになったのです。
 ところが、ある日のことです。かんいちさの家でも、おこうしん様の集まりに、おわんとおぜんを借りました。おこうしん様もすみ、わんかせ淵へかえしにいくことになりました。おわんは、黒々と光り、見れば見るほどきれいです。かんいちさの女房は、おわんをかえすのがおしくなりました。
「こんだけたくさんあるんだから、1つぐらいかえさなくても、わかりゃあしないさ。」
 かんいちさの女房は、こっそりと自分のものにしたのです。
 それからは、村の人が、いくらお願いにいっても、おぜんもおわんも、ひとつも貸してもらえなくなりました。今なお、見代に、まっ青にすんだ深い淵があります。