つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

打木(うつぎ)のクロボロウ

「おっかさん、からだがかゆくてしかたがないよ。」
「今、いそがしくて手がはなせないんだよ。かゆいぐらいがまんしな。」
太郎はぐずぐずいいながら、いろりばたをごろごろころがっています。そのうち、とうとうなきだしました。
「かゆいよぉ、からだがあついよぉ。」
「うるさい子だねぇ!どれ、くすりでもつけてやろう。」
 おっかさんはおこりながら、しぶしぶ太郎のそばに近よってきて、びっくりしました。
 太郎の顔、手足、背中、おなか、前進にまっ赤なふき出ものが、出ているではありませんか。
「なにかしたのかい。」
「しらないよ ゲンちゃんたちと山へ遊びに行って帰ってきたら、こんなになっちゃったんだよ。」
「うるしにかぶれたようにもみえないしねぇ。」
 おっかさんは首をひねりながら、それでも、くすりを、太郎の全身にぬってやりました。
「かゆいよぉ あついよぉ。」
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 太郎がぐずるのも無理ないように、全身はまっ赤になっています。不思議なことに、ふき出ものは、太郎だけでなく、いっしょに遊んでいた、ゲンちゃんや、サンちゃんにも出たのです。おっかさんが、どうしたものかとこまっていた時です。山仕事から、おじいちゃんが帰ってきました。太郎のふき出ものを見るなりいいました。
「太郎、おまえ、打木のクロボロウで遊んだな。」
「クロボロウってなんだい?」
「打木の田んぼのまん中にある小さなしげみのことだ。」
「うん。」
 太郎はうなづきました。確かにきょう、ゲンちゃんたちとしげみにはいり遊びました。おじいちゃんは、きせるにたばこをつめながら話を続けました。
「あそこにはな、むかし打木の合戦とよばれる、いくさがあってな、そこで不幸にも死んだ人たちが、埋められているっていう話だ。クロボロウの中に、小さな石碑が建っていただろう。それにな、見代の裏山に登ってみろ、頂上には、むかしの砦の跡がちゃんと残っているはずだわな。」
 おじいちゃんは、きせるをぽんとならしました。
「へぇ〜。」
 太郎はかゆいのも忘れて、おじいちゃんの話を真剣に聞いていました。
「それでな。」
 おじいちゃんは話を続けました。
「クロボロウのしげみの中に入ったり、草や木をきったりすると、吹き出ものができるといわれておるんじゃよ。」だから、近頃じゃあ、だれも入ったことがない。もしどうしても入りたい時は『田んぼのじゃまになるから、草をからしてください』と大声でいってから入れば、吹き出ものができないともいわれておるんじゃよ。」
 おじいちゃんは、白いけむりをふうっとはきました。
「おらの吹き出ものは、もう、治らないのかい。」
「いやいや、クロボロウの石碑へ、しげみにだまって入ったのは悪かったとあやまりに行けばいいかもしれんぞ。」
 おじいちゃんの言葉に、太郎とおっかさんは、おまいりの用意をして急いで、打木のクロボロウにいきました。
「もうしわけございません。これからは、おゆるしもなく、だまって入ることはいたしません。どうか、太郎の吹き出ものを治してやって下さい。」
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 おっかさんは、しんけんに手をあわせてたのみました。太郎も手を合わせておがみました。そうして家へ帰ってくると、あれほど全身に出ていた赤い吹き出ものが、すぅっとひいていき、もとのような健康なはだになりました。もう、かゆくはありません。太郎はほっとするとともに、うすきみ悪く思ったりしました。それ以来、クロボロウには決して近づきませんでした。またクロボロウの近くの田んぼのたにしを食べても、吹き出ものができるといわれ、見代の人たちは、決して口にすることがないそうです。