つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

天狗とかしき小僧

 秋もようやく終わりに近づいて,段戸山にも霜がおりはじめたころです。丸太の山出しをする人夫たちが,20人ほど親方にひきつれられて山に入りました。この中には,かしき小僧の幸一がおりました。“かしき”というのは,人夫たちの食事の世話をするもののよび名です。また,かしきの手伝いをする子供を,“かしき小僧”といっていました。
 かしきや,かしき小僧の幸一は,まだ夜が明けきらないうちに起きて,火をおこし,大がまで人夫たちの朝めしをたきます。めしをたくいいにおいが,小屋中にただよってくると,人夫たちは,ひとり,ふたりとごそごそと起き上がってきます。
「幸一,早起きして感心だな。」
「幸一のたいためしはうまいぞ。」
 人夫たちは,大きな手で幸一の頭をぐりぐりとなでました。時には,山に働きにいった帰りに,おいしいあけびの実や山ぶどうをとってきてくれました。また,時には,かわいいりすの子をつかまえてきてくれたこともありました。幸一は,やさしくて,力の強い人夫たちが,大好きでした。毎朝,めしがたきあがると,幸一は,必ず初めの一わんを山の神にそなえました。
「どうか,今日もみんなが,無事ではたらけますように。」
 手をあわせお願いするのでした。f:id:tsukude:20200803152722j:plain
 段戸の山に入って,一週間ほどたった夜中のことでした。幸一は,なにやら異様な気がして,ふっと目をさましました。大男がぬうっと部屋の中に立っていました。山小屋には灯りがないので,まっくらなはずなのに,大男のまわりだけは,昼のように明るいのです。
「夢をみているのかな。」
 幸一は目をこすりこすり,もう一度よく大男を見上げました。大男は,あから顔で鼻が一尺(30センチ)もつき出ており,頭には,山ぶしがかぶっているような黒い冠をのせています。
「アッ,天狗様だっー!」
 そう思ったとたん,からだがガタガタとふるえてきて,ねていたふとんを頭からひっかぶりました。
「お助けください。お助けください。」
 幸一は,何度もつぶやきました。
「小僧,おれはこの山におる天狗だ。おれはお前を,にてくおうとも,やいてくおうとも,おもっとらん,ビクビクするな。」
と,大声でいいました。
「ヘェー。」
 幸一は,ふるえた声で答えました。
「おれはな,今夜お前にお礼をいいにきたんだ。お前はいい小僧だ。毎朝,初めのめしを,おれたちにそなえてくれるのをうれしく思っている。そこで,こんどはお前に,ひともうけさせてやろうと思ってきたんだ。おい,ふとんをとれ。」
「ヘェー。」
 幸一は,おそるおそるふとんをとり,きちんとすわり直しました。
「こんどの山の丸太出しを,お前ひとりでひきうけてやってみろ,全部をひとりでやるというんだぞ,おれたちが手伝ってやるからな,親方にたのんで,うけてみることだ。ところで,やるときめたら,おれたちの仲間に,めしをひとかまたいてそなえてくれ。」
 天狗は,そういいおわると,さっさと部屋から出ていってしまいました。幸一は,夢の続きのように思えて,しばらくぼんやりとすわっていました。これまで,人夫たちから,段戸山の頂上で天狗たちが,大きな火をたいていたとか,大勢の天狗たちが集まって大声で話し合っていたなど聞いたことはありましたが,家の中まで入りこんできたという話は聞いたことがありませんでした。
「天狗がもうけさせてくれるといった話はほんとうだろうか。」
 おどろきのあまり,目がさえたまま,朝をむかえました。幸一は,天狗のいったことを信じてみようと決心しました。朝早く,起き出してきた親方に,思いきってたのんでみました。
「この山の丸太出しを,わしひとりでやってみたいと思うんだが,やらしておくれんかい。」
「なんてぇばかなことをいうんだ。この山は。丸太もでかいし,たくさんある。小僧の力で何ができるもんか。なまいきをいうんじゃない。」
 親方は幸一をにらみつけました。
「わしひとりでぜったいできるから,やらしてくれんかい。」
「だめだ,だめだ,けがをするのがおちだ。」
「やらしておくれ,一晩でやってみせる。」
 幸一が,何度もたのむので,親方はついにおこってしまいました。
「そんなにやりたきゃ,かってにやってみろ! こまって泣きついてきても,だれも助けてやらんぞ。」
 親方は,かんかんにおこって,たちあがって外へ出ていってしまいました。幸一は,さっそく,みんなの朝めしや弁当をつくってから,別にひとかまのめしをたきあげました。そして,天狗のいったとおりに供えておきました。f:id:tsukude:20200803153000j:plain
 その夜のことでした。人夫たちが,みんなねしずまったときです。
「ザッ ザッ ザッ。」
 小屋の外を人が通るような物音が続きました。しばらくすると,こんどは,山の上の方で,
「エンヤラホイ エンヤラホイ。」
という元気のいいかけ声が聞こえてきます。ぐっすりねむっていた人夫が,
「あれは,何の音だ。」
と,起き上がりました。
「天狗様が,夜遊びでもしているのかのう。」
だれかがいうと,
「そうだ,それにちがいない。」
とまた,ねむりこんでしまいました。あくる日は,カラリと晴れた好い天気でした。丸太を集める場所へ見まわりにいった人夫が,あわてて小屋へ帰ってきました。
「や,山じゅうの丸太が,みんなきり出してある。」
「ええっ。」
 親方も,ほかの人夫も,急いで見にいきました。そこには,なんと一晩のうちに,うず高く,丸太の山ができていました。
「うーん。」
 親方は,うなりました。幸一のいったことは,ほんとうだったのです。親方は,幸一にたくさんのおかねをはらいました。
 仲間の人夫は,幸一は,山の神様である。天狗に助けてもらったにちがいないといい合いました。そんなことから,幸一は,いつしか「天狗かしき」とよばれるようになりました。幸一には,山の神様がついているということで,人夫たちに大事にされたということです。