つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

巴川(ともえがわ)の川小僧

 朝早くから、カンカンとお日さまが照りつけている暑い日でした。
「おーい 泳ぎにいかまいか。」
 村のいたずら仲間がよびにきました。
「こらァッ、遊んでばかりいたらだめだぞ。」
 遠くでおっかさんが叫んでいても、子どもたちは踊るように、川に向かって走っていきました。いく先はいつも決まっていました。それは巴川の広瀬の淵とよばれているところで小林の村で大きく曲がった深い淵でした。日照りの続く日でも、淵だけは、まんまんと水をたたえ、子どもたちの、いちばんいい泳ぎ場所になっていました。そのころ、せんすいといって、水にもぐり、川底の小石をたくさんひろってきたものが勝ちという遊びを競争でやっていました。
 淵には、もう5,6人の子どもが集まってきていました。みんな川遊びが、大好きでした。いよいよせんすいです。その日はぼくが一番さきにもぐることになりました。
 大きく息をすって、どぶっともぐると目の前が、ゆらゆらと青い色になり、淵の中は、すきとおってそれはきれいです。底には、おわんをふせたような大きな岩が一枚あり、いつもは、岩の上を手でさわるだけでしたが、その日は、なんとなく岩の下の方をのぞいてみました。するとおどろいたことに、岩の下には、二尺五寸(80センチ)ぐらいの穴があいており、穴の中には、なにかがいるような気配がしました。よく見ると、人間の子どものようなものが、うづくまり、二つの目が、じっと見ているではありませんか。驚いたのなんのって、気味が悪くなって、しゃにむに水をかいてうかびあがり、岸にたどりつきました。
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「岩の下の穴に、どえらい魚だか、人間だかわからんものがいるぞ!。」
 大声でどなりました。
 すると、小林の村で一番のわんぱく坊主のふとおくんが、
「よし、今度はおれがみてくる。」
 川の中へ飛び込みました。しばらくすると、ふとおくんがまっ青な顔で、川からあがってきました。
「やっぱり穴の中に、化けものがおるぞ。人間みたいだが、おそがい(こわい)目をしてにらんでおったぞ。」
 ふとおくんは、急にぶるぶるとふるえだしました。
「なんだらぁッ。川小僧じゃぁないか。」
「なんにしても変なもんだぞ、ひっぱり込まれんでよかったなー。」
 みんな口々にいいあいました。
「川小僧だったら、シンノコ(肛門)をぬかれんでよかったなー、きょうは帰らまいか。」
 みんなこわくなって、着物や帽子をかかえて、ぞうりをひっかけ、いっせいに川からにげだしました。
 小林の人家がちらちらみえるところまで走ってきて、ようやく落ち着き、着物を着ていると、村の長者の米造(よねぞう)じいさんがやってきて、
「おまえたち、そんなとこで、なにをしとるんじゃ。」
「今、広瀬の淵で化けものを見てきた。子どものような変なもんだった。」
と、ふとおくんが答えました。
「そりゃあ、川小僧じゃ、昔から、深い淵には、川小僧が住んでおり、頭はちょっとへこんでてな、そこには、いつも水がたまっており、川から出てきて、水がこぼれたりすると、川小僧は、いっぺんに元気がなくなってしまうそうだ。なんにしても、ひっぱり込まれんでよかったわい。」
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 米造じいさんは、おちつきはらっていうと、またゆっくりと道を歩いていきました。
 みんなは顔わ見合わせ、
「やっぱり、思ったとうりだったな、あれは川小僧だったんだ。もう、おれはあそこで泳ぐのやめたぞ。」
「おれもやめだ、ひっぱり込まれたらやだもんな。」
 それ以来、この広瀬の淵で子どもたちの泳ぐ姿を見かけることがなくなりました。
 今でも、お盆に、川へ泳ぎにいくと川小僧にひきずり込まれるといっておそれられています。