つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

自害淵

 むかし、大和田村には空をおおうような大木が、山や谷をうめつくしていました。その下をすみきった川が、とうとうと流れており、川には深い淵がいくつもありました。
 なかでも、自害淵は、底がわからないほど深いといわれていました。いつも碧い水をたたえており、死神のような魔性の主がいるといわれていたものです。明治の終わりころ、自害淵のそばを通った若い衆が、ふらふらとひきよせられておぼれて死んでしまいました。そんなことが二度ほどつづいたので、自害淵にすむ魔性のせいだと大さわぎになりました。
 また、大正のころ、弓木の種一(たねいち)さが、淵のあたりを一人で通ると、碧い水の中に黒いものや赤いものがちらちらとみえました。不思議に思って近づいてみると大きな緋鯉(ひごい)や真鯉(まごい)が重なり合うように泳いでいました。それを見ていると、いつの間にか川の中に入っていました。
「自害淵に、鯉がおるとは聞いたこともないし、きょうに限って、こんなにたくさん大きな鯉がおるとはのう……。」
 種一さは、ひとりごとをいいながら、だんだん深みに入っていきました。べつに鯉をつかむつもりはないのに、なんだか引き込まれるようにして、へその深さ、胸の深さへと入っていき、肩まで水につかったとき、はっと、自害淵の主のことに気づきました。種一さは身も心も冷たい水をあびたようにぞおっとしました。
「うわぁーッ。」
 まっ青になって、あわててひき返しました。それ以来なにやら魂をぬきとられたようで、どうにもこわくなって、しばらくひとりで淵のそばを通れなかったそうです。この話を伝え聞いた村の人たちは、魔性の主にひきずりこまれないように、自害淵を通るときは目をつむるようにして走って通ったそうです。
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 川手にすんでいる犬千代サは、奥三河ではならぶ者がないといわれるほどのつり名人でした。犬千代サは、村人がよりつかないどんな川や淵でも平気で行っては、たくさんの魚をとってくることで有名でした。
「犬千代サには、淵の主でもかなわんだろうな。」
と、人々は口にしていました。その犬千代サが、ある日の夕方手製の釣り竿を肩に、ビクを超しにして、大和田の自害淵の方へぶらぶら歩いていったそうです。あたりはううす暗く、淵の上の岩から落ちる水音は、
「どどどどどう−。」
と、ひびいて気味悪いほどです。犬千代サは平気でたばこをくわえながら釣り糸をたれていると、次から、次へと大きなアメノウオがつれ、そのうちにえさをつけなくても、糸さえたらせばつれ、暗くなるころにはビクいっぱいになりました。犬千代サは、ほくほくしながら、川からひきあげていきました。家に帰って、うす暗いあかりで見てみると、なんとビクの中は、木の葉ばかりだったということです。さすがの釣りの名人もこの時ばかりは首をかしげてつぶやきました。
「あの淵にゃあ やっぱり魔性の主がおるのかいなあ。」と。
 大和田の川には、自害淵のほかに、水神淵(すいじんぶち)、樫山淵、(かしやまぶち)、桶淵(おけぶち)などがあり、いずれの淵も碧い水をたたえていて、主がすんでいるといわれています。淵のそばを人が通りかかると
「ぞぞっ。」
と、寒けがするそうです。