つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

天狗のともしび

 むしあつい夏の夕ぐれです。この日、上小林(かみこばやし)の人たちは、峯田源造(みねだげんぞう)さんの家に集まっていました。源造さんは、関西地方のお宮めぐりの旅を終えて帰ってきたところです。近所の人が集まり、神むかえの儀式をやろう、ということになりました。まだ、始めるには、時間があるので、縁側で、世間話をして話しこんでいました。いつのまにか、ほたるがとびまわる時刻になりました。
 とつぜん、家のむかいの山の中ほどに、子どもの背丈ほどの火がともりました。その火はゆらりゆらりともえ続けています。それを目にした人々が、
「あんなとこに、火が見えるが何だらぁ、家なんかないはずなのに。」
と、おどろいているうちに、その火は、するすると雁峯山(がんぽうやま)の頂上へ向かって動きはじめました。頂上につくと、たちまち大きな火の玉は、ふたつにわれました。なおも、じっと見つめていると、東西に進み、しばらくするとまた、もとのところへもどって、ひとつの火の玉になりました。風が急にふいてきて、源造さんの庭の木が「バサバサ」と大きな音をたてて、ゆれはじめました。
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 今までのにぎやかな声はきえて、一同はかたずをのんでmていました。源造さんのおじいさんが、
「あれは、天狗様の火だぞ。」
と、つぶやきました。それを耳にすると、みんなは、
「大変だ 大変だ。」
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と、大さわぎになりました。あるものは六尺ふんどしをはずして頭にかぶったり、あるものは、はいてきたぞうりを頭にのせ、念仏をとなえはじめました。きたないものを頭にのせていると、天狗様がいやがってよりつかないと信じていたからです。その場にしゃがみこみ、必死にみんなで念仏をとなえているうちに、いつしかあやしい火の玉は消えてしまい、あれほど強くふいた風もやみました。
 むかしは、花祭りや神むかえのときには、天狗様が出るといういい伝えがあったそうです。