つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

狸神社

 北中河内のカラクイリに住んでいる狸は、まったくこまったいたずらものでした。大きな犬ほどもある古狸で、背中には、白い八の字のもようがついており、そのもようで、誰にでも、ああ、あのいたずら狸かとすぐわかったそうです。
 中河内に住んでいる人々は、この狸に困っていました。畑の作物をくいあらしたり、山仕事をしている人の弁当をぬすむなんて、しょっちゅうのことでした。
 あるとき、馬を川で洗っていると、そうっと近づいてきて、馬のしっぽを思いきりひっぱりました。
「ヒヒーン、ヒヒーン。」
 馬は、びっくりして、ものすごい速さで、めくらめっぽうかけていってしまいました。
「おおーい まてぇ!、とまれ とまれ。」
 馬のあとを必死に追いかけていく人の姿を見かけることもよくありました。もっと気の毒だったのが、甚べえさです。甚べえさは、馬に荷物をくくりつけ、中河内のみちを「カッポカッポ」と歩いていました。いたずら狸がやってきて、いやというほど、馬のしっぽをひっぱりました。馬はあまりのいたさに、いなないて、しょっていた荷物をふりおとし、こなごなにふみくだいてしまいました。
「どう どう。」「どう どう。」
f:id:tsukude:20200830142116j:plain
 たづなをとり、なだめていた甚べえさを、気のたった馬は後足でけってしまいました。
「ううーん。」
 甚べえさは、そのまま気を失い、村中が大さわぎとなりました。幸い、命をとりとめたものの、甚べえさは、一か月ほど床についていました。
 この古狸は、人間に化けるのもじょうずだったようです。若い美しい女に化けては、村の人をだましました。
 あるとき、一人の若者が夜道を歩いていました。
「あっ いたたぁ いたたたー。」
 若い女が、道のすみにうずくまり、うめいていました。
「どうかしたかのん。」
「急に、さしこみがしまして、申し訳ございませぬが、わたしの家まで送ってもらえないでしょうか。」
 若い女は、品のいいきれいな声でたのみました。
「ああ、おやすいごようだ。」
 若者は、女をせおい、さっさっと、女の指さす家へとおくりとどけました。
「どうぞ、つれてきていただいたお礼に、お酒でものんでいって下さい。」
「そいでも、もう おそいでのん……。」
 はじめはしぶっていた若者も、若い女の美しさにまけて、とうとうへやに上がりました。
「一杯 どうぞ。」
 女のつぐおいしいお酒に、若者は、いい気分になって唄をうたいはじめました。
「お風呂にでも入って、くつろいで下さい。」
すっかり調子にのった若者は、女のいわれるままに、おふろに入りました。おふろから出ると、いつのまにかねてしまいました。
「コケコッコー。」
 一番どりのなき声と、ひやっとするはだ寒さに、はっと目がさめた若者は、まわりを見わたしてびっくりしました。女の家なんてあとかたもありません。若者は、畑のこえだめの近くの草原にねていたのでした。ふと気づくと、からだからは、いやなにおいがただよっています。お風呂にと思って入ったのは、こえだめだったのです。お酒と思いのんだのは、こえのようです。
「うへぇー。」
 若者ははずかしさと、気持ち悪さに、こそこそと自分の家へと帰っていったそうです。
 これも古狸のしわざだったのです。そのほかにも、若い女にまんじゅうをどうぞといわれて、どろまんじゅうを食べてしまったという人もいました。あまりの狸のいたずらに、腹をたてた村人は、狸退治をすることになりました。
わなをカラクイリの近くや、狸の出そうな場所にいくつもかけてみましたが、つかまるどころか、反対に人間たちがわなにかかってしまうのでした。また、わなをかけた数人の人たちが、わけのわからない熱を出してねこんだりしました。
f:id:tsukude:20200830142144j:plain
「狸のたたりだ。」
「わなをかけんほうがいいぞん。」
「はてさて、狸のいたずらにはこまるしのう。」
 村人が、頭をよせあって相談した結果、狸神社をたてて、おまつりをしてはどうかという話になりました。
「それは いい考えだ。」
 人々は賛成をして、北中河内の中央、八幡社の西一町余り(110メートルほど)の山ろくに、狸神社というささやかなお宮がたてられました。のりとをあげ、平和な村となるように狸にお願いをしました。狸神社をたてて、お祭りには、甘酒などの接待をするようになると、狸のいたずらは、ぷっつりとやんでしまったということです。今でも御神体の石碑が残っております。