つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

お犬様

 野郷と川合と相手らの三つの村の境に,曲り峠という小高い丘があります。峠へ通じる道ぞいに,山犬の神様のお犬様をまつってある石室があります。この付近一帯は,すすきがさわさわとゆれ,広い野原となっているためか,きつねがむれをなすようにたくさんすんでいたそうです。夜,峠を通りかかると,きつねの目がチカチカと草原のあちこちに光り,長い尾が「ふわっ ふわっ」と動いたりしてうすきみ悪い場所でした。きつねに化かされたという村人も大勢いました。また,長くねついてしまう病人があると,きつねにつかれたといっては,きとう師をたのんで,おいのりをあげていたのです。
「きつねつきには,遠州の秋葉様,山住様,春野山の三つの神社におまいりしてお札をもらってくるのがきくそうだ。」
という話しが,どこからか伝わってきました。
「それなら,おっかさんの病気がなかなか治おらんのは,きつねがついているといわれているので,おらがお札をもらいにいってくる。」
と,一人の若い衆がおまいりに旅立っていきました。何日かして帰ってきて,お札をていねいにまつると,不思議なことに,おっかさんの病気がケロリと治ってしまったのです。
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 そんなこともあり,いつのころからか,野郷,川合,秋葉様,山住様,春野山の三つの神社におまいりにいってはお札をもらってくるようになりました。お札がそろうと,お犬様の境内で,酒を飲みかわし,ごちそうをつくりおまつりしました。おまつりの時には,おむかえしてきたお札を,それぞれの家へも配りました。いただいた家では,きつねの災難からのがれるよう,戸間口(家の入り口)にお札をはっておきました。
 山犬の神様をまつり,遠州の三つの神社をめぐりお札をむかえてきた話しからも,昔の村の人々がいかにきつねにかまらせられていたかをうかがい知ることができます。お犬様祭りは明治の末ごろまで,きちんとおこなわれていたそうですが,いまは草だらけの中に,石室だけが,さびしく残っています。