つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

天狗にさらわれたよめ様

 本宮山の近くに金持ちの家がありました。村でもひょうばんなきれいなよめ様がいました。
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 ある夏の夜のことです。よめ様は、となりの家へもらい風呂に行きました。
「ああ、さっぱりした。」
と、パタパタとぞうりの音をさせ、家の前まできた時です。「ヌウツ」と大きな黒いかげがたちはだかりました。よめ様はおどろいて腰をぬかしてしまいました。月の光にてらし出された黒いかげは、鼻が高い大坊主です。よめ様は声も出なく、ただぶるぶるとふるえていました。すると大坊主が、
「おれに、おばれよ。」
と命令しました。よめ様は、この大坊主が、鼻の高いことで天狗だよ気づき、さからわないことにしました。ふるえながらも、こわごわと天狗の肩につかまりました。すると今度は、
「目を閉じよ。」
と、命令します。よめ様は、目をつむりじっとしていました。そのとたん、「ヒュウヒュウ」と耳のそばで風を切る音がします。天狗が空をとんでいるにちがいありません。よめ様は、ぎゅっと強く目をつむり、ふりおとされないように肩をつかんでいました。しばらくすると、「ヒュウヒュウ」という音が急にとまりました。どこかについたのです。
「ここでおりろ。」
 天狗がまた命じました。よめ様はほっとして天狗の肩からおりました。目をそっと開けてみると、大きな岩の上に立っていました。天狗が、
「ここは、三瀬(東栄町)の明神様という。滝で見ずごりをとれ。」
といいます。よめ様はいわれるままに水ごりをして体を清めました。
「よし 肩におばれよ。」
と、また天狗が命じます。よめ様はしかたなくいう通りに肩につかまりました。目をとじていると、「ヒュウヒュウ」と風をきる音がします。今度は鳳来寺奥の院の岩におりました。ここでは、お参りした後、もちや、おしるこをたくさん食べさせてくれました。
 しばらく休むと、天狗は再びよめ様を肩にのせ、空をとびました。よめ様はあるおきは、本宮山の奥の院へつれていかされ、あるときは、段戸山のお宮へつれていかされました。
 さて、いっぽうよめ様の家では大騒ぎです。
「いつまでたっても、となりから帰ってこない、どうしたことだ。」
「こんなに、おそくなるまで来んなんて、おかしいぞ。」
 家の人は心配でしかたがありません。あちこちの家に聞いても、知らないというばかりです。あくる日は、村中の人をたのんで、山の中や川沿いをさがしました。どこにもすがたがみつかりません。とうとう夕方になってしまいました。さがしつかれて、よめ様の家へもどり、どうしたらいいんだろうとみんなで話しあっていたときです。
「ドタン!!」
 庭の方で大きな音がしました。あわてて戸をあけてみると、ぼんやりと気がぬけたようなよめ様がたっていました。
「よめ様が、戻ってきたぞ。」
 村の人は喜びあいました。よめ様は、
「天狗が、家でみんなが心配してるから帰してやるといって、ここにおろされた。」
と、ポツリというと、グタツと地面に倒れてしまいました。
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 この話を聞いた村人は、
「天狗が、いたずら心を出して、よめ様をつれてっただ。」
という人や、
「いんや、よめ様があんまりきれいだもんで天狗がつれてっただ。」
という人や、
「信心をふかくさせるためにちがいない。」
と、さまざまな、うわさをしあったということです。