つくでの昔ばなし

村制施行八十周年を記念して発刊された一冊。

西田原の大蛇

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 西田原に、そう平という働き者で、正直な男がいました。そう平の奥さんは、かわいらしい赤ちゃんを産むとすぐになくなってしまいました。そう平は、田んぼで仕事をするときにも、畑仕事をするときにも赤子をつれていき、世話をしながらせっせっと働きました。ときには、赤子が泣いたり、むずかったりするので、しかたなしに仕事の手を休まなければなりません。
「よめさんがおったらなあ。」
 そう平は、赤子の顔をみながらつぶやくのでした。
 ポカポカと気持ちのよい春の日のことです。畑をたがやしていたそう平の津核で、子どもたちの、ワイワイとさわいでいる声が聞こえてきました。
「このへび、かわっているぞ、頭にまるいもようがあるぞ。」
「えーい ころしてやれ。」
 子どもたちは、石や棒きれをもってきて、一匹のへびをいじめているようすです。そう平は、畑仕事の手をとめて子どもたちのところへいきました。すると、きずついて血がふき出しているへびがよこたわっていました。
「こら、こら、お前たちなんのつみもない、へびをいじめるやつがあるか、へびもきょうはあたたかいから、のんびりと外に出てきたにちがいないぞ。」
 そう平のことばに、子どもたちは、石を投げるのをやめて「サァ−」と走ってにげていってしまいました。へびは、首をあげ、そう平を見るとするすると草の中に消えていきました。
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 次の日、そう平が、いつものように仕事をしていると、若い女がどこからともなくあらわれました。畑のすみにおいてある〝いずみ〟の中の赤子をあやしたり、食べものをもってきて世話をしだしました。畑仕事がおわるころになると、また、どこへともなく去ってしまいました。次に日も、そう平が、田や畑の仕事をしだすと、若い女があらわれ、赤子の子守をしてくれるのです。そう平は、不思議に思い、女に話しかけました。
「このへんじゃあ、みたこともない人だが、どこの娘さんかのん。」
 女はただだまって、赤子をだいています。
「どこから、きたのかのん。」
 女はだまって、姉川のふちのほうを指さしました。そう平は、ひとこともしゃべらない若い女を不思議に思う一方で、赤子の面倒をみてくれるので、大助かりでした。
 赤子も以前より、まるまると太りだし、むずからなくなったようです。そうこうしているうちに、若い女は、そう平の家に住むようになりました。相変わらず、一言もしゃべりませんが、子守だけでなく、料理、そうじと、家の仕事もてぎわよくすませます。
「いいよめさんがきてくれた、」
 喜んだそう平は、今まで以上にはりきって、田や畑の仕事をしました。女ははたおりの技術をもっていましたので、美しい布をおり、町にもっていくと、よいねだんでうれました。そう平の家は、だんだん裕福になっていきました。
「そう平のよめさんは、口がきけんが、いいよめさんがきたもんだ。」
 近所の人々は。みなうらやましがりました。
 一年がたちました。小さかった赤子もよちよちと歩くようになりました。
「きょうは、東の田んぼにいってくるで、帰りが遅くなるかもしれんぞ。」
 そう平は、よめさんにそういいおいて仕事に出かけていきました。よめさんは、子守りをしながら、パタンパタンとはたをおっていました。そのうち、子どもが、ぐずり始めました。いつもとようすがちがいます。ひたいにさわってみると、ひどくあつく、熱があるようです。よめさんは、はたをおるのをやめて、子どもをふとんに入れ、ねかすことにしました。子どもの横になり、ねかしつけているうちに日頃のつかれが出たのか、ついぐっすりとねむりこんでしまいました。
「おーい!今かえったぞ」
早めに、仕事がかたづいたそう平が戸口をあけました。なにげなくへやの中をのぞき、
「うっ。」
と、息をのみました。
 ねている子どもの横には、大蛇がよりそっていたのです。頭には、まるいもようがあります。
「うわぁー!」
 そう平のひめいに、大蛇は、はっと目をさましました。かなしげな目で、そう平を見るとなごりおしそうに、姉川のふちへ向かっていってしまいました。そう平は、はっと気づきました。
「頭に、一年ほど前、おらが助けてやったへびだ、姉川のふちにすむ大蛇だったにちがいない。おらのこまっているにうぃみて、若い女に姿をかえ、助けにきてくれたのだろう。」
 そう平は、姉川に向かって手をあわせました。
 次の日の朝、戸口に薬がおいてありました。子どもの病気のことが気にかかっていたのでしょう。それからというものは、めずらしい食べ物がおかれてあったり、ときには、金が投げこまれることもありました。そう平は、大蛇のおかげで、一生くらしたということです。